元気に育った。
3歳から地元の保育所に通い、人見知りもせずに誰からも可愛がられた。
爺・婆と買い物に行くと、魚や等では、売り子の叔父さんと一緒に客引きしたり、病院に行っては、あまりに五月蠅くして診察のイスから転げ落ちて怪我したり。
腕白だった。
幼い時から、運動会が大好きだった。
前の日までの練習で張り切って大暴れするモノだから、当日熱を出して見学する事も2度ほどあった。
雨の日に、町民運動会が開催された。
息子は、どうしても運動会に行きたいという。
私は、汚れるし寒いから行きたくない。
結局行かなかったが、一日中ぐずられた。
忘れられないのは、家族でディズニーランドに行ったときのこと。
上の姉の2人は、落ち着いて迷子にならなかったのだが、息子は、チョット目の話した隙に見えなくなった。
2〜3分の間だ。
あのヤロー! 何処へ行った??
4人で必死に探したが、見つからない。どうしよう?!
そうだ、迷子センターがあるはずだと思い、早速行ってみた。
居た居た、神妙な顔して立ていました。一安心です。
携帯電話で女房に知らせ、息子を引き取り待ち合わせした場所に向かった。
家族で、4回程行ったがその内、2回迷子になった。
5年生の時、晩翠児童賞を受賞した。
我が校で2人目の快挙だった。
授賞式は、仙台の○○で行われ家族で出席した。
その時は、してやったりの気分。 良くマー、あの子がこれだけの賞を貰えるような成長したなと胸が熱くなった。
記念にとして翌年の春、小学校に本を買って役立てて欲しいと10万円寄付した。
やがて、小学校の卒業の日が来た。
私が、某社を退職した年。
女房と2人で卒業式に出席した。
これまでの年月を思い、感無量であった。

